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【書籍名】検察側の罪人
【著者】雫井脩介
【出版社】文藝春秋

雫井さんの作品を読むのは初めてでしたが、「検察側の罪人」という興味深いタイトルに魅かれ、新書ということもあり、目新しさから読んでみることにしました。

簡単に言うと、ベテラン検事とその彼に育てられた新米検事、各々が貫いた違う形での人の裁き方を、いやというほど人間のいびつで複雑な感情を背景に描きながら、最終的には、「正義とはなにか」を強烈に問いかけ続けてくるストーリーです。ベテラン検事と新米検事の双方の目線で場面ごとに交互に描かれており、全体的には読みやすい構成になっています。特に、担当検事による容疑者への取り調べのシーンでは、静かで激しくもある心理戦を伴い、そこには人間の腹黒さ・弱さにつけ込む卑劣さが描かれています。その駆け引きが、自分の実生活において参考になるとは思いませんが、かなり読み応えがあり、一冊を通してあっという間に読み終えてしまいます。
二人の優秀な検事が選んだ正義は相反するものでした。どちらが正しかったのか、法の下では明白であっても、それだけではとても割り切れない、何とも言えない虚しさ・やるせなさが残ります。
と、このように、テーマがあまりにも重過ぎ、その割には淡々と、しかもミステリーにしては安直に進んでいくストーリーということもあり、そういう意味では後味は悪いかもしれません。
しかし、読んでいる中で腑に落ちない点があってもなくても、そこを私自身あっさり通過してしまうほど、人権、冤罪、時効事件など様々な現実的社会問題を目の前に深く突きつけられます。そして、何より考えさせられたのは、「人は、何をもって正義を追及するのか」という点です。本書の中に、その明確な答えはどこにもありません。

「法に触れるようなことはしてはいけない」、これは当然です。誰の中にでも、大なり小なり、また、表す形こそ違っても「正義」というものが存在すると思っています。自分なりの「正義」のもとで、人は、一生懸命働き、家族を愛し、人生を謳歌して終わりたいでしょう。私にしてみれば、このベテラン検事がとった行動も新米検事がとった行動も、100%共感できるものでは決してありませんが、そこで学んだことはあります。それは、「最後まで責任をとる」ということ。自分の「正義」を貫くがゆえに(正しい答えだったかどうか別として)影響を与えてしまった部下である新米検事に対して、最後の最後に正面から向き合った姿には、感情が揺さぶられます。

結局、私の中では、何が正義かなんて、正しい答えはでていません。自分の中で「正義とは何か」と考え続けていくことこそが大切なのではないでしょうか。そして、各々の正義を貫くことは最後まで責任をとる前提でのことであるべきです。法曹界に身を置いているわけでもなく、平穏な毎日を送っている日常の中で、「正義とは」「信念とは」「人を裁くということとは」などを直接的に考えることは、普通はあまりないかもしれませんが、これを私たちが普段している仕事に置き換えてみると、同様のことが言えるのではないでしょうか。
私たちは、おそらくは各々が信じる「正義」を持って、必死に働いていますが、なんらかの事情で自分が抱いている「信念」を貫けなかったり、組織上での「本音」や「建て前」に納得いかないことも多々あります。私たちは、誰しもたった一人で仕事を回しているわけでは決してありません。組織の中では特に、「正義とは何か」に対しての正しい答えを出すのは難しいのです。ただ、ひとつだけ言える大事なポイントは、自分が信じた「正義」のもと、尽力し、最後まで責務を全うすること、これに尽きるということです。今回私はこの書籍をきっかけにそんなことを深く考えることができました。

皆さんも一度この重いテーマと正面から向き合ってみてはいかがでしょうか。答えの出ない「正義」について考えながら、それでもなお、「自分だったらどうしただろう」と、登場人物と自分を置き換えて考えずにはいられなくなるかもしませんが、それこそが所謂、小説の醍醐味というものですよね。ミステリーというよりは、物語好きな方におすすめです。

【ジャンル】小説
【関連・お勧め書籍】
・検察の正義(郷原信郎)
・虚貌(雫井脩介)

(担当:永田 優子