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【書籍名】デザインする思考力
【著者】 東大EMP (編集)、横山 禎徳 (編集)
【出版社】東京大学出版会

まず、私が本書を読むに至った背景をご説明しておきます。私は、数か月前、社長から「空間把握能力が低い!」とフィードバックされたことがあります。そんなことを言われたのも初めてで、知識不足の私は、「えー!パソコンの並べ方がそんなに雑でしたか?」くらいで、何の事だかピンときませんでした。
そして、最近になって、社長から「面白そうな本買っといたから~、読んでみて」との一方的な連絡が!そして、私の手元に送り付けられた(!)本こそが、今回ご紹介する「デザインする思考力」です。タイトルを見た私は、即座に、「あ。デザイン!私の苦手分野の克服のため?」と思い、少し嫌でしたね(笑)しかし、本書を読み終わった今では、結果的に、「デザイン」の意味とは、わたしが認識していたような単純で薄っぺらいものとは全く異なるもので、読んで良かったと素直に思える内容の本でした。

本書は、「知とデザイン」を大きなテーマに据え、デザインの専門家である著者横山氏をインタビュアーとし、世界レベルの研究者であり、東大EMP(東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム)の講師でもある6名との対談形式になっています。彼らの研究の専門分野は、素粒子物理学、植物病理学、イスラム政治思想、情報通信工学、西洋経済史、有機合成化学と広範囲にわたっており、このように多彩な分野の中で、大量の情報を短時間に処理することよりも深く思考すること、本質を見極めることで解決策をデザインする力、すなわち組み立てる思考力を身につけることが重要であるとの横山氏の問題意識に基づき、6氏各々へのインタビューは進んでいきます。どれも自分が詳しくは知らない、けれど、社会生活をしていくうえで誰もが密接に関わっている世界を分かりやすく切り取って見せてくれていますので、それだけでもとても新鮮です。

中でも、私が特に興味深かったのは、有機合成化学の井上将行教授によるデザインの定義についてです。「分子の構造式は言語である。分子の結合の仕方にも文法がある(=ルールです)」を大前提とし、製薬研究者の視点で彼の話は始まりますが、私が個人的にマッチングした内容を大きく2点取り上げたいと思います。

まず1つ目は、ビジネスプロセスについてです。
彼は、「デザインとは、アナリシス(分析)に対してインテグレーション(統合)の作業である」と言っています。ただ、分析には方法論があり、たとえば経営コンサルティングの500手法を覚えて使えば、様々な分析は可能となります。一方、デザインには方法論がなく、しかも状況は日々変化していくため、分析のように「確立された手法を覚えてそれを適用していく」という流れを活かすことは難しいです。そのため、「Aがうまくいかないなら、Bで試してみてはどうだろう?」といったように仮説検証の繰り返しが必要となります。だからこそ、最初の仮説が行き詰まると、それを壊すプロセスが必要となります。すなわち、一度考えた仮説を壊し、そこから使えるものと使えないものを取捨選択して、新しい仮説に作り替え、それをさらに検証し、ブラッシュアップしていく作業が必要となるのです。彼は、化学者として、上記のことを言っていますが、彼のいう「デザインする」という仕組みは、まさにビジネスの組織にも言えることではないでしょうか。組織の規模に関わらず、「何かを壊し、新しく始めること」は大変なことです。ですが、現状維持では、何も起こらないし、進歩はないのです。研究分野では、打率は一割だそうです。九割当たらないからこそ、洗練され、そこから新しいことを始める(=デザイン)、ビジネスにおいても同様に置き換えることができる重要なプロセスではないでしょうか。

そして2つ目は、教育プロセスについてです。
彼は東大EMPの講師を兼任しているということもあり、学生に講義する立場にありますが、その手法においてもまさに「デザイン」をしているように感じました。
というのも、化学は前提条件が多すぎて、新しい言語を学ぶ覚悟がないとできないのです。英語などの言語を全く知らない場合は、まず文法などの基本的なルールを教えることから始めます。それと同様に、化学の場合は分子の結合の仕方にも「文法」があるのでそれを覚えることが大前提となります。その際のポイントは「伝え方」です。彼は化学式を伝える際に、学生が自身の知識や経験とどこかでうまく「リンクするようなに構成する」ことを意識しています。そのために、話の要点を基本的なレイヤーから専門的なレイヤーまでレベルに合わせて準備します。これこそが彼のいうところの「デザイン」の在り方を具現化したものだと私は思いました。
彼は有機合成化学が専門のため、本対談内では、いわゆる具体的な「亀の子」の話も出てきます。私事ではありますが、高校生の頃、無機化学までは化学の点数はよかったのに、有機化学に突入してから急に化学が苦手で嫌いになってしまいました。「亀の子」のあの記号を見せられたところで理屈がワカラナイからです。当時の化学の先生に、受け入れられない旨を話したところ、一言、「事実だから!!!」と言われたのを思い出しました。なるほど、文法(=ルール)ですね。あのときに、この本に出会っていたら・・・受け入れられたかも?と思ってなりません(笑)確かに、これまでの社会知識を踏まえた今だからこそ、ぐっと入ってくるのだろう、という感も否めませんが。そういう理由もあり、今「勉強すること」につまずきがちの中高生にぜひ読んでほしいとも思いました。

今回、インタビュアーの横山氏を含め、各分野での「知とデザイン」をテーマに話を聞いていく(対談形式のため、「読む」というより、話を「聞く」という感覚に近い)うちに、各々の分野でデザインの要領、捉え方、若干のニュアンスの違いはあるものの、私は私なりに、ビジネスマネジメントと教育プロセスについての「デザイン」を知識として得たような気がします。
いずれにしても、年代、職種問わず、知的好奇心をくすぐり、自分が何に興味があるのか、今置かれている状況の中で何ができるのか、を気付かせ、考えさせてくれる内容になっていますので、皆さんも、この機会にぜひ一度、自分なりの「デザインする」という感覚を掴んでみることをお勧めします。今後、職場で「デザイン」という言葉を多用してしまいそうです(笑)

(担当:永田 優子